2009年1月20日火曜日

おばあちゃん

2009/1/17 正午 母方の祖母が亡くなった。
御歳89歳。

突然の知らせに驚いたが、しばらくは実感がわかず...うそだろ...と、そんな感じだった。
仕事にキリをつけて自宅に戻り、仮通夜のため祖母の住んでいた母の実家に向かった。

小さくなった祖母が寝ていた。


長男、次男、長女、三男の4人の子供。
長男には3人、次男には2人、長女には2人、三男には3人の子供が生まれた。

私は、その長女の2人目の子供である。

幼い頃のアルバムには乳母車に入った、たくさんの孫と祖母の写真がある。
10人の孫を、よく面倒をみてくれたものだ...。

私が小学生の頃、父が股関節の手術のために入院をしたとき、しばらく母も家を留守にすることがあった。
学校から母親の実家に帰り、夕食を住ませた後、自宅へ祖母といっしょに送ってもらう生活が続いた。
朝食などを祖母が面倒を見てくれた。

私は両親のいない寂しさから、何どもわがままを言って祖母を困らせた記憶がある。
さぞ、手をやいたことだろう...。

前に祖母の姿を見たのはいつだろう。
ここ数年は仕事に追われ、忙しさから会うこともなく、いつまでも元気でいるものだとばかり思っていた。
2度目の脳梗塞での入院だったことも知らず...本当にごめんなさい。


18日、通夜。
ひ孫の1歳の誕生日に家族で撮った写真だそうだ。とても優しい顔をした祖母を見ることができた。
会場では私を含めた孫も集まり、お互いに久しぶりに顔を揃えた。
お互いにぎこちない挨拶とたわいもない会話。月日の長さを感じた。

19日、告別式。
なんでここにいるのだろう? 自分は何をしてるんだろう? という夢のような間隔でお経を耳にしていた。
しかし、出棺の前、棺に花をそえるときには涙が出た。

無口で物静かな三男のおじさんが、本当に悲しそうに泣いていた。
母親も平然としていたかと思ったが、さすがに泣き崩れていた。
いつもより口数が多く、うるさいほどいろいろな人と話をしていたのは、悲しさを紛らわす為でもあったのであろう。


知らせから今日まで、本当に早い時間が流れた。
祖母には、面倒を見てもらったお礼も直接言うことができなかった。
後悔というか、申し訳ない気持ちでいっぱいである。

ありがとう。おばあちゃん。
お疲れさま。おばあちゃん。

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